SigmaPlot には酵素反応の解析機能が搭載されています。かつては、Enzyme Kinetics Module という別売モジュールでしたが、最新バージョン12 からは製品の機能として提供されています。この酵素反応の解析機能では、阻害様式に応じたモデル式を選択することで、フィッティングによって反応定数や解離定数などを推計することができます。
▼ [おさらい] 酵素反応速度論
酵素反応では、酵素(Enzyme)と基質(Substrate)が結合して複合体(ES Complex)を形成し、生産物(Product)を生成するという反応モデルを基本に考えます。
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阻害剤(Inhibitor)は、
- 酵素E に結合し、複合体(EI)を生成し、基質 S の結合を阻害
- 複合体 ES に結合し、複合体(ESI)を生成し、複合体 ES からの生成物 P の生成を阻害
といういずれかの「邪魔」をします。前者を拮抗(Competitive)阻害、後者を不拮抗(Uncompetitive)阻害と呼びます。また、この両方が同時に寄与する阻害様式を混合(Mixed)阻害と呼び、とりわけ、Competitive と Uncompetitive の寄与が同程度である場合を非拮抗(Noncompetitive)阻害と呼んでいます。(もちろん、kn はそれぞれの反応の速度定数です。)
| Competitive | Uncompetitive | Mixed/Noncompetitive |
|---|
▼ Full と Partial
ここまでの話は、教科書やウェブのあちこちでも書かれています。SigmaPlot でも、上記のように「1基質-1阻害剤」の系では 4つの阻害様式を扱うことができ、さらに、それぞれに Full と Partial の2つの場合分けがあります(速度式はこちらに記載があります)。
Full と Partial とは、SigmaPlot のサポートページに記載があるように、『阻害剤を含む複合体(ESI)から、反応生産物が生成されないケースが Full、生成されるケースが Partial』です。文字通り、Partial は、阻害剤の阻害効果が完全(Full)ではなく、部分的(Partial)であるという意味です。Partial の反応スキームは次のようになります。既出の Full とのスキームの違いは、ESI から右に矢印が伸びていること。
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▼ 生産物 P の生成速度 v
阻害剤が介在しないモデルであれば、速度を求めることは簡単です。ここでは、ちょっとハードルを上げて、阻害剤が介在する Partial のケースの速度の一般式を導いてみます。
あらかじめお断りしておくと、これから先の導出過程は読んだからと言って何か新しいことが得られるわけでありません。すでに SigamPlot には、それぞれの阻害様式の速度式が用意されているわけですので。
それでもどうしても興味がある方は、続きをどうぞ。
・・・・・
最終的に欲しいのは、反応生産物 P の生成速度 v です。これは [ES] および [ESI] を用いて、
と書けます。反応の平衡状態を考えると、例えば、速度定数が k1およびk-1で与えられる反応については、
が成り立ちますので、ES の解離定数 KS は、
と表現できます。それ以外の平衡反応についても同様に、解離定数と速度定数あるいは濃度の関係を表現できます。


(6) を用いて、(1) から [ESI] を消去すると、
が得られます。あとは [ES] を何かで置き換えてあげればいいことになります。「何か」というのは、初期酵素濃度 [E0] や、[S] あるいは [I] のように、あらかじめ知ることができる、あるいは、与えることができる情報か、フィッティングで推計したい速度パラメータということですね。
さて、 [ES] は平衡状態では濃度変化が一定になりますので、
が成り立ちます。(8) に (6) を用いると、
と、[ES] と [E] の関係式が得られます。いい感じです。あともう一つ、[ES] と [E] の関係式を導くことができれば OK です。
ところで、酵素反応は酵素 E を触媒とした触媒反応ですので、E は S や I と結合して姿を変えることがあっても、消費され失われることはありませんので、次の式が成り立ちます。
(3)(6) を用いて (10) を整理して、

もう一つ、[ES] と [E] の関係式を得ることができました!
(9)(11) から [E] を消去して、

ついに [ES] が得られました。あとは簡単で、(7)(12) より v は、
となり、ここで、
とおくと、v は
と得られることになります。
さらに、
と置くことで、
が得られます。かなりすっきりした式になりますね。もちろん、 V1 は反応スキームの上側の最大速度、 V2 は下側の最大速度ですね。
▼ 阻害様式と速度式
速度 v の一般式(14) が得られたので、場合分けを順番に考えてみましょう。最初に V2 で、Full と Partial を分けます。もちろん、V2 =0 が Full で、それ以外が Partial です。
- Full/Competitive
ESI の解離が極めて速い場合ですので、KI' →∞ を考えて、
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となります。
- Full/Uncompetitive
Full/Competitive とは逆に、EI の解離が極めて速い場合ですので、KI →∞ を考えて、
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となります。
- Full/Mixed
解離定数には条件がありませんので、簡単のため KI = α* KI' と置くことで、
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となります。
- Full/Noncompetitive
KI と KI' が等しいケースなので、
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となります。
- Partial/Competitive
Full/Competitive とは異なり、V1 と V2 が等しい場合になりますので、
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となります。これが一番特殊かも。
- Partial/Uncompetitive
EI の解離が極めて速い場合ですので、Full/Uncompetitive 同様に、KI →∞ を考えて、 V2 =β*V1 と置いて、
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となります。
- Partial/Mixed
解離定数には条件がありませんので、簡単のため KI = α* KI' 、および、V2 =β*V1 と置くことで、
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となります。分数を積み上げると、かなり大仰な式になります。
- Partial/Noncompetitive
KI と KI' が等しいケースなので、β を使って、
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となります。
というわけで、無事、SigmaPlot のすべての速度式が導けました。なお、α と β による置換は、SigmaPlot の速度式との比較のために導入したもので、必須というわけではありません。
▼ まとめ
SigmaPlot の1基質-1阻害剤の速度式、全8式を順に導いてみました。それぞれ特殊な形をしていますので、普通のグラフソフトのフィッティング機能では、導いた式を定義しないといけないわけですから、SigmaPlot の酵素反応解析の機能は便利なものですね。
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井上@技術部でした。
参考書籍
Hans Bisswanger (2008) Enzyme Kinetics: Principles and Methods, WILEY-VCH,320 p



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